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正体不明、ついでに目論見の真意も不明。
でも、ただの虚言じゃあないよ、空き倉庫を爆破して証明したでしょ?という、
何とも不可解で不埒な輩による
爆発物散布事件(言い方…)への早急な対処という応援要請を
軍警から直々に受けた、我らが武装探偵社。
早速のように名探偵様が
声明文に綴られたほんのわずかな材料から犯人像を構築し、
それは鮮やかに設置場所を推測してしまい。
軍警の担当者らへ通知しつつ、こちらの頼もしき実働班も街へと繰り出させ。
凶悪な贈り物を起動前に発見し、つつがなく解体せしむるようにと、
何ともスリリングな任務に就いた諸氏であったわけなのだが。
選りにも選ってヨコハマのランドマークが一隅、
華麗なる摩天楼、ポートサイドホテルにまでその魔手は伸びており。
海外との交易で栄えたそのまま、
現在もまた先進のあれこれとレトロな面影が錯綜して混在するにぎやかな街に相応しく、
巨大高層、雲つくような構えで威容を見せつつも、
高飛車に取り澄ましたりはせぬまま、屈託なく誰をも受け入れるそんなスポット。
平日であってもそれは沢山の利用者が出入りする、
ヨコハマ随一であろう超有名な高層宿泊亭で
得体の知れぬ爆発物が予告もないまま弾けたらどうなるか。
それは大変な任務を授けられ、
裏口にあたろう搬入通用口へ向かっていた太宰と敦は、そこで意外な人物と遭遇した。
ポートマフィアの遊撃隊を預かる若き重鎮、
殺戮を伴う爆発物関与により指名手配されてもいる、自称 “禍狗” 芥川龍之介という青年で。
しかもしかも、単なる鉢合わせではないようで、
『爆発物に関わるお出ましなのですか?』
顔見知り以上の仲であるとはいえ、正義の徒と相反する犯罪組織の存在と。
職務中まで慣れ合うつもりは無かろうに、
それでも こちらの会話を耳にして気配を現した彼だったらしく。
その文言から察して、もしかせずとも同じ用件で足を運んだということではないだろかしらと、
ありゃりゃと双眸を見張った敦が、太宰の背後に居て近かったこともあり
ついついそちらへ踏み出すと 先んじて尋ねていたのが、
「そちらには ポートサイドホテルに設置したっていう仔細が伝わってたの?」
彼からの微妙な問いかけへ、
そりゃあすんなりとこちらの内情を暴いてしまった後輩さんの不用心さよ。
“まあ、今回はどうやら隠しておく意味もなさそうだしね。”
不覚な展開、だが叱るほどではないかなと。
一瞬 目が点になった太宰もほのかに苦笑しておれば、
そんな双方の様子を一瞥し、やや堅いままだった表情を、
気のせいじゃあなかろう、そちらもやはり “やれやれ”と気落ち半分に見やってから、
黒衣のマフィアが手短に応じたのが、
「否。この辺りという 所番地のみだ。」
それでもそちらには具体的な場所の指定はあったということで。
それを訊いた途端、ははぁんと太宰がそれは速やかに事態の核へと辿り着く。
「成程ねぇ。犯人の真の狙いはポートマフィアだったってわけか。」
「え?」
そこまでの深読みは適わなんだか、
何でどうしてと振り仰いで来た虎の少年へ、
「わざわざ場所指定も付け足してあるのだから、そこは間違いなかろうよ。」
そうと言って深々と頷いて見せる。
無論、正義の味方として彼らマフィアが対処しようと見越して、という順番の犯行じゃあなく、
「支援関係、若しくは隠れ蓑として関わりのある会社や店の近辺ってわけだね。」
日頃 “守ってやっている”と威張っているものが、
爆破なんていう脅威にさらされ、途轍もない損害をこうむったら?
不意打ちとはいえ あっさり足元掬われてちゃあ立つ瀬もなくなろうし、
「コーポレイションのフロント企業も狙われてない?」
「…。」
「はぐらかすの下手だね。敦くんのことを窘められないよ?」
ぐうの音も出ないらしい元部下くんへ、
苦笑を向けつつ頼もしい手のひらをぽんと肩先へ乗っけてやる。
そして告げたのが、
「この犯人はきっと、キミらを罠に掛けたいのじゃないのかな。」
押っ取り刀で対処に奔走しているところへ軍警が鉢合わせるよう、
時間差をつけて公安へも知らせた。
しかもこっちへはノーヒントだったから、
恐らくは こうまで速やか且つ的確に突き止められはすまいと踏んだんだろうね。
警察各位はむしろ間に合わない方がいい。
遺憾ながら爆破が起きてしまい、
警戒中の巡査や刑事らが駆けつけた現場付近で
何だか妙な動きをする顔ぶれを見咎めるという段取り。
そういう格好でポートマフィアに揺さぶりを掛けたかったというところかな?
「……。」
「太宰さん、凄い。」
すらすらと全容を推量してしまった包帯まみれの秀才さんへ、
芥川が、だったなら犯人の厚顔さへだろう、改めて嫌悪と憤懣の表情を見せたのに、
敦の方は宝石のよな双眸をキラキラと瞬かせ、先輩さんの聡明さへ感嘆して見せる素直さよ。
「身勝手な思想から、手配犯が捕まらない妙な空気なのが腹に据えかねたのか、
もっと具体的な怨恨や他の理由からか。
とりあえずマフィアを窮地に立たせたいって目論見だろう。」
このくらいじゃあ攪乱にもなりはしないし屋台骨は軋みもしなかろうが、
実戦の頼もしき精鋭が何人か捕まるかもしれないし、
捕らえられまではしなくとも行動を把握されようから、
それへの対処対応で少なくとも数日ほどは混乱に見舞われもしよう。
そういうのを見越して、現場の担当同士がぶつかるよう、
警察にはあいまいな情報を寄越してお膳立てを構えてくれたってとこじゃないのかな。
「じゃあ、こちら側の捜査員が拾った、現場から去った気配というのは?」
「設置した容疑者一味じゃあなく、対処に来たマフィアの顔ぶれだろうね。」
虎の子くんの問いかけへ、ちょっとばかり眉を下げて応じると、
「こうも的確に、
乱歩さんが場所を当てちゃうとは計算外だったってところだろう。」
先に撤去されては困るから、
警察への声明文には、場所の仄めかしなんて出来ない。
一方、マフィアへ突き付けた怨嗟なり要求なりもそのまま転載なんて出来ないから、
そういった肝の部分が削除された、何だか曖昧で変梃りんな文書になっちゃったんだろうよと、
太宰は何とも言えない苦笑に端正なお顔をほころばせ、
「警察としては不名誉なことながら、爆発してから駆け付けたって情報は得られようし、
不審な輩があちこちで右往左往しているのも、
警戒人員が多数動員されてりゃあ眼に留まりやすかろうからね。」
職務質問し放題、あわよくば彼のような大物だって釣れるかもしれない。
そんなくらいでまんまと封じられるような規模の組織じゃあなかろうが、
それでも多少は身動きに制約が掛かろうから、
大きな取引やら奇襲やらを構えている側にすれば大助かり…ってところかな?
とはいえ、現状はと言えば そんな目論みも易々と飛び越えた乱歩さんの推理のお陰様、
今のところは どの爆弾も起動する前に突き止められているワケなのだけれど。
「……。」
「…何というか。」
そんな巧妙な段取りを仕掛けられた側、当事者たるマフィア代表の芥川は勿論のこと、
援軍に引っ張り出された、ある意味で巻き添え組の敦まで、
何だその羊頭狗肉と感じたのは言うまでもなかったり。
“どっちかといや、大山鳴動してネズミ一匹かも知れないが。”
まだ単なる推測の段階だから、決めつけては危険。
それにネズミならならで、もっと怖いことわざもある。
窮鼠猫を咬む、なんてねと、その頼もしい肩をひょいとすくめて見せ、
「まあとりあえず、此処での用を済まそう。」
太宰は新旧二人の部下を連れる格好で、搬入口までの小道を進むことにした。
こちらは軍警の要請で動いており、
それでなくとも武装探偵社の身分証は市警級の堅さで認知はされている。
こういった特別な施設では警護に回されることもしばしばなので、
バックヤードであれ管理担当の人間には怪しい者ではないとの事情があっさり通用するそうで。
「軍警支援の案件です。
緊急の捜索事案が持ち上がって参りました。」
警備員だろう、作業服とは一線を画すようなやや異様もこもった制服姿の男性へとにこやかに声を掛け、
長外套の懐に手を入れると、二つ折になったカバー付きの身分証明書を取り出す。
「後ほど関係部署から詳細をお届けするかと思われますが。」
至急の案件なのです、配電室の鍵を貸してほしいと告げれば、
こういう時に重宝する、きりりと冴えて凛々しい
理知的で精悍でもある精緻な美貌の恩恵…というのは関係なさげな程にあっさりと、
「判りました。こちらへ。」
にこりと笑って先に立ってくださる。
大方、他の機会に警護の任なぞで此処へ出入りしたことが何度かあった太宰を
この印象深い風貌からしっかと覚えていたのだろう。
実用優先で、コンクリの打ちっぱなし、
照明もいかにも乾いた光源のが灯す寒々しい搬入口の中へと進み、
詰め所らしい風防囲いが付いた番所のようなところへ立ち寄り、
そこに居合わせた少し若い警備員へ声を掛けて鍵束を取ってもらうと、
そこからプラスチックの札が付いた一本を抜き取って、
「立ち会ってもよろしいか?」
と訊くのは、そちらもまた整備員という職務柄で致し方がなかったものの、
「すみません、まだ仔細は公表ならずとされております。」
何せこちらの目的は爆発物で、無ければいいが在れば一大事。
解体できたとしても彼らもまたトップへの報告が要るだろうし、
まだ推測の域を出ないとはいえ、太宰の立てた推測が正しければ、
とばっちりもいいところだろうに、
マフィアへの遺恨が何で当ホテルへ振りかかったのだという、要らない憶測も呼びかねぬ。
なので、
「上の方には武装探偵社の者が緊急事案で参ったとお知らせいただき、
詳細は社長が応じますと、お伝えいただけませんか?」
それはそれは真剣本気、娘さんを僕に下さいと言わんばかりの (こらこら)
射通すような深色の双眸で見据えられ。
傍らからは、これもまた清純無垢な少年が、誠実そうな真顔で見やって来るとあって。
「…判りました。」
周囲を油断なく警戒する風を装い、
ずっと背中を向けていた黒づくめのもう片やは荒事専任なのだろと、
仰々しい実働班を頼もしく思ってか、太宰の弁を信用してくれたらしく。
鍵を手渡すと彼らが目的の配電盤を収容しているエリアを手振りで教えてくださって。
「何かありましたらお申し付けくださいね?」
人の良さそうなお顔で見送ってくださったものの、
「ああまですんなり信用されるなんて、」
いくらなんでも警備員の人なのにと、そこはさすがに案じたらしい敦だったのへは、
いやいやいやと太宰の側でもかぶりを振った。
「こちらの奥向きは搬入経路からは外れているからね。」
今は昼過ぎ、そんな時間帯のせいで静かなのかと思いきや、
すぐ後に結構大きいコンテナ車が入って来たらしき独特な走行音が背後から届く。
その気配はだが、先程通った詰め所脇から向こう側の奥向きへと進んでしまったようで。
「こちらには館内の冷暖房を制御する、ボイラーや何やの管制室しかないのだよ。」
しかも、実際の運用ではフロントクローク裏の執務室の制御システムが優先される作りだ。
上のフロアへも上がれない袋小路構造だから、
何やら企てたとしたって、
さっきの詰め所を通らねば逃げ出しようはないと見越してらっしゃるのさと。
此処なりの合理的な対処を説いてやり、見えて来た頑丈そうな大きめの扉へと向かい合う彼らだった。
to be continued. (17.11.28.〜)
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*いちいち解説が挟まってなかなか話が進みません、すいませんです。
書きたかった展開へ辿り着けないのがこちらとしても歯がゆいです。う〜ぬ。

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